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最近のことだけど、Apple Musicを利用していてDirty Projectorsという音楽バンド(なんて言う?)を知ったのだけど、そのバンドのアルバム『Dirty Projectors』(2017)の最初の曲、"Keep Your Name"が素晴らしいなって思って、そうか、これ、落語もこんな風に演りたいな、と強く思ったりして。

時間が流れる、って言うけど、これのイメージは直線とか矢印とかだけど、エリー・デューリングという人が「スーパータイム」という言い方で、”持続や継起に対して直交するような垂直的時間”という考えを提案していて、このスーパータイムはさらに、”超自然的で非局在的なものだとされる。故にそれは《本質的に非-因果的》である”なんだそう。

あ、このイメージ、素晴らしいなって思って。
私の最初のコラム「落語とポリフォニー」で言いたかったイメージって、これに近いと思う。

落語で噺を演るんだけど、ただ単にストーリーを面白可笑しく伝えるだけじゃ、私としてはちっとも面白くない。ストーリーを演る部分は直線的な時間、矢の時間の提示で、私がホントに表したいことって、それだけじゃなく、直線的なストーリー展開とは「垂直な」ところに「非局在的に」ある「超自然的な」できごと、そこに「浮遊」している「なにか」をほんの少しでも、そのつま先だけでも、そこになにか「ある」よ、と云いたい、それを私自身「ある」って感じたい、ってことなんだと思う。

"Keep Your Name"は音楽でそれをやっている。
小三治さんは落語でそれをやっている。

【補足】
"Keep Your Name"については「Dirty Projectorsの新曲「Keep Your Name」の謎を解く」
http://monchicon.jugem.jp/?eid=2143
に歌詞が載ってます。