ひろがるをあつめる

ぼくはこのところカメラが欲しいと思っている。
なぜかは知らんけど、欲しくなって、
例えばこんなYouTubeを熱心に見たりしている。

カメラを始めるならM型ライカを買え!

問答無用に「買え!」と言い切っているのがきもちいいぞ。

きもちはいいが、ないものはない。
でもそうだよな。買え!がいいよな。どこから見たって。
酔っ払って理屈を言うことはないんだ。

そこでそうした自分の欲望をなだめるために基本的なところから攻めてみよう。というのがいつものぼくのやり方だったりする。
そこでカメラの前にレンズのことを下ごしらえしよう。

で、またまたぼくの悪い癖。
後ろへ後ろへ下がっちゃう。
前は見てるんだけど、アタマは後ろへ後ろへ下がる。
まるでエビだ。
あるいはダンディ坂野さん? 彼は横、か?

で、光まで下がる。

光は一点から発して、時間が経つと、空間に球状に広がっていく。
その広がり方を、光線と見る見方と、波面と見る見方がある。
球面に垂直に外を向いた矢印を想像すると「光線」で、球の表面だけ見るならそれが「波面」。

今回は波面として光を考える。

直線が一本、水平に横たわっているところを想像する。
その直線上のどこかに、その直線に垂直にレンズが立っていて、しかもその直線がレンズの中心を通っているとしよう。

次に、レンズの左側のどこかに(その直線の上でなくてもどこにあってもいい)光源があって、そこから光が放たれる。

その光の波面は球面となって、右方向に凸の状態でレンズの方向に進んでくる。
(レンズのない方向には、左方向に凸の状態で広がっていく)

ところがレンズに出会うと、レンズを通った波面だけは、なんと今度は左方向に凸な形になって、全体として直進を続ける。

するとどうなるか?

左方向に凸なので、どこかの一点で波面は「点」になってしまう。
その「点」を超えると、今度はまた右に凸な波面になって、どんどん広がっていく。

説明がどうもまずいけど、どうだろう、この様子がアタマの中に描けただろうか?

レンズを通るとき、右に凸な波面がレンズを出た時には左に凸になって出てくるのには理由がある。(もちろんだ)

光は真空中で一番早く進み、何かの中を(例えばレンズの中を)通るときは速度が遅くなる。(何かの中を通るときは抵抗のようなものがあるのだろうか?光でも?)

なのでレンズの中央のレンズが厚いところを通る波面はレンズ内を通過するのにその分時間がかかる。なのでレンズの端っこのレンズが薄いところを通る波面の方が早くレンズの外に出てくる。それで全体的に左に凸な状態になってしまう。

これをまとめると

レンズは、本来は広がるはずの光を一点に集めることができる

ということだ。

これは考えてみるとなかなかすごいことじゃないか?

この世界のあらゆる現象は、一旦起こると、外へ外へ広がる性質をもっている。すべては拡散的に展開してゆくのだ。これはどうしようもない。(もちろんこのどうしようもなさは、人間の脳の性質に由来する世界解釈の問題らしいので、人間ではないなにかにとってはどうしようもある、かもしれない)

だけどそうした万象のあり方を、逆に集めよう集めようとする仕組みもある。

そうした仕組みの例としては、重力と生命がある。
(重力は質量のあるものを集め、生命は情報を集める)

そして、レンズもそうした仕組みのひとつだ。
(レンズは光を集める)

すごくない?

なにがすごいって、その仕組みのシンプルさがすごい。ガラスの両面を球面状に磨いてあるだけのものが、そんな仕組みをもっているんだもの。